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WEB開発者に嬉しいステキ講座

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量子消去

2011年3月6日 コメントの追加

ボクは普段から独り言が激しく、仕事場でも家でもぶつぶつと独り言をしゃべっています。時には聞かれたくないような独り言をしているのに気づき、あわててフォローの独り言?をしたりしています。
それがときに行き過ぎていたようで、「電話しているのかと思った」と言われたことがあります・・・。

今日は量子消去話をしたいと思います。

以前紹介させていただいた2重スリットの実験で、光や電子などの素粒子レベルになると、波としての性質が表面化してくるという話をしました。

波には干渉という現象があって、波と波が打ち消しあったり強めたりした結果、干渉縞と呼ばれる縞模様ができるというやつです。光や電子にはそのような性質があります。

ただし、電子がどちらのスリットを通過したかがわかるような観測を行うと、とたんに干渉縞はあらわれなくなります。それは、素粒子レベルの小ささになってくると、観測しようと光を当てたりするだけで、その力で弾き飛ばされてしまうので、当然なような気がします。不確定性原理ですね。

そこからさらに突っ込んだ実験がありまして、それが電子消去という面白い操作です。

やはり、2重スリットを用意して、電子を飛ばします。観測しなければ干渉縞が現れ、観測すると干渉縞があらわれなくなります。今度はちょっと変化をつけて、電子が観測装置を通過した後、観測結果を調べられなくするような仕掛けをすると、不思議なことに干渉縞は復活します。

すでに観測してどちらのスリットを通ったのか情報を得ていても、その情報を破棄すれば電子はもとの不確定さを取り戻すということらしいんですねー。

うーん、不思議すぎるなー。

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カントールの対角線論法と無限

2009年11月5日 1 COMMENT

数学の入門書を読んで、無限について考えさせられました。

無限というのは不思議なもので、たとえば自然数(1,2,3,4...)の集合と偶数(2,4,6)の集合は普通に考えると偶数より自然数の集合の方が2倍ほど多いように感じますが、両方とも無限と考えると、自然数と偶数は一対一で対応します。

1  2  3  4  ...
2  4  6  8  ...

これを数学では、自然数の集合と偶数の集合は濃度が同じ、という風に言います。

そんなはずはないと思いつつも、無限に続くんだから自然数と偶数は一対一で対応する、濃度が同じなんだーと軽い気持ちで納得してしまいました。

上記のような軽い気持ちで納得していると、自然数と0以上1未満の実数も対応することになります。そんなお調子者をいさめるために、カントールの対角線論法という数学上のテクニックが用意されていました。

たとえば次のように全ての自然数と0以上1未満の実数を対応させることができたと仮定しましょう。ちなみに、実数とは0.5や1/2といった有理数と、ルート2やπといった無理数を合わせたものです。

自然数 実数
1    0.1987...
2    0.8341...
3    0.7387...

この対応表に、さらに追加できる実数があったとしたら、この対応表は破綻していることになり、一対一で対応しないことになりますよね?

それでは、対応表にはない、0以上1未満の隠れた実数を見つけてみましょう。
無限に並べた対応表からどれにも当てはまらない実数を見つけるのは無限に大変ですが、簡単な方法で見つけることができると証明することができます(やはり本当に実行するのは無限に大変なので、証明するところまでで止めておきましょう)。

先ほどの実数の並びですが、左上から右下に向かう1本の対角線があるとします。

0.1987...
0.8341...
0.7387...
...

この対角線上には、上から"1"987...、8"3"41...、73"8"7...と無限に並んでいます。この無限の数を次の規則で変換します。

規則1 偶数のときは、値を1に変換する。
規則2 奇数のときは、値を2に変換する。

すると、次のような無限の実数が得られます。

0.221...

この値は、1行目の実数とは小数第1位が異なり、2行目の実数とは小数第2位が異なります。以下同様で、対応表を変換した実数は対応表にはないことが証明できます。

というのがカントールの対角線論法を使った、自然数と0以上1未満の実数が一対一で対応しないことの証明です。

とはいえ、無限の表が完成した後に実数を追加しているので、無限の表が完成したという仮定は成立していないということになるなどとも書かれていて・・・。とはいえ、とはいえ、カントールは実無限という考え方で証明しているので、矛盾はしていないそうなんですが、その実無限というのは便宜的に無限を定義しているので、それは大丈夫なのかなーと思ったり、もう、ボクは何を言っているのでしょうか(笑)?

無限集合の濃度について補足です。自然数は可算濃度といって、1、2、 3 … と順番に数えていくことができます。同様に、整数、偶数、奇数、有理数はいずれも可算できます。
実数は連続体濃度です。対角線論法によって自然数と濃度が違う(連続体濃度 > 可算濃度)と証明されています。

おまけに、『アキレスと亀』としても知られているゼノンのパラドックスを紹介しましょう。

あるところにアキレスと亀がいて、二人は徒競走をすることとなった。しかしアキレスの方が足が速いのは明らかなので亀がハンデをもらって、いくらか進んだ地点(地点 A とする)からスタートすることとなった。
スタート後、アキレスが地点 A に達した時には亀はアキレスがそこに達するまでの時間分先に進んでいる(地点 B)。アキレスが今度は地点 B に達したときには亀はまたその時間分先へ進む(地点 C)。同様にアキレスが地点 C の時には亀はさらにその先にいることになる。この考えはいくらでも続けることができ、結果、いつまでたってもアキレスは亀に追いつけないことになる。

量子力学ではプランク長というのがあり、無限に距離を分解することはできないとか、ムキになって反論しなくて大丈夫です。あくまで、現実ではアキレスは簡単に亀を追い越すことを知っているうえで、無限を導入すると上記のようなパラドックスがありますよー的な感じの話です。1メートルと2メートルは有限な区間ですが、1.1352...メートルと無限に小さな単位の距離があるとすると、このパラドックスのように無限の罠が待ち受けています。

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ハイゼンベルクの不確定性原理

2009年10月22日 コメントの追加

ボクは記憶力が悪いのですが、子供のころにこんなエピソードがあります。

小学校高学年あたりだったと思うのですが、親父の友達のおじさんが数年ぶりに家に遊びに来ました。親父に「このおじさんの名前おぼえているか?」と聞かれ、「うーん、○○さんだっけ?」と、思いつく名前をいくつかあげては違うと否定されていたのですが、ピンときた名前がありました。

「わかった!ユタカおじさんだ!」

といったところ、親父に「ばかやろう、それは俺の名前だ!」と突っ込まれました。
小学校高学年にして、親の名前もうろ覚えというのはちょっといただけないでしょうか。


ボクの不確かな記憶はともかく、光ファイバ通信でも使われるハイゼンベルクの不確定性原理という、とっても不思議な法則があります。
不確定性原理とは、ある2つの物理量の組み合わせにおいては、正確に位置と運動量を測定することはできない、という理論のことです。

たとえば、電子の位置と運動量を測る実験をしてみましょう。電子の位置と運動を測るには、光を当ててその反応を調べる必要があるのですが、電子はあまりに小さいため、波長の大きい光だと通り過ぎてしまします。そこで波長を小さくすると、波長が小さいということは勢いが強いということでもあり、電子は強い力ではじけ飛ばされてしまいます。

つまり、電子の位置を調べようとすると、当たった位置はわかるのですが、どの方向に運動していたかがわからなくなってしまいます。結果、位置と運動量を同時に正確に知ることはできないということになります。

上記の実験ではあくまで正確に観測できないというだけですが、量子力学では、電子は観測されて初めて位置や運動量が決定されたとしか表現できない振る舞いがあります。その振る舞いについては後日書きたいと思います。

波と粒子について』でご紹介した2重スリット実験もとっても不思議ですよ。
ご興味があれば、ぜひそちらもご覧ください。

あと、詳しく知りたい場合はamazonで不確定性原理の本を買っていただければと。

ハイゼンベルクの顕微鏡~不確定性原...
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ゲーデルの不完全性定理と嘘つきのパラドックス

2009年8月28日 1 COMMENT

論理学のクイズですが、次のクイズって結構難しいですよ。

天国の門と地獄の門があり、各門に一人の門番がいます。どちらか一方が嘘だけを話す門番で、どちらか一方が真実だけを話す門番です。
正直者の門番も嘘つきの門番も見分けがつかなく、どっちの門の門番をしているかわかりません。
たった一つの質問をどちらかの門番にして、天国の門を通ることができるか?

答えは最後にということで、このクイズで思い出すのが嘘つきのパラドックスなんですが、その関係でちょっと面白いのが『ゲーデルの不完全性定理』。ゲーデルは人の名前だと思うのですが、不完全性を定理したというのはどういうことでしょう?ちょっと気になりますね。

中目黒webデザインとランチブログ

ゲーデルの不完全性定理には、第1不完全性原理と第2不完全性原理があります。

  1. 第1不完全性原理
     「矛盾の無い理論体系の中に、肯定も否定もできない証明不可能な命題が必ず存在する」
  2. 第2不完全性原理
     「理論体系に矛盾が無いとしても、その理論体系は自分自身に矛盾が無いことをその理論体系の中で証明できない」

このゲーデルさんが不完全性定理の証明に用いたのがゲーデル数と呼ばれるもので、コンピュータの世界でもなじみのあるものです。ゲーデル数とは、記号や整論理式に割り振られる自然数ということですが、これだけだとなんのことかさっぱりなので、コンピュータを例にして簡単に説明してみますね。

コンピュータはON、OFFといった2つの値の電気信号で動くのですが、これは0と1で対応できます。機械語は下記のような0と1の集まりです。

00000101 00000010

JavaScriptやPerlなどのプログラムは、最終的にこの機械語に変換されてコンピュータに処理を行わせているんですね。たとえば、「rhythm」という文字列も、コンピュータでは0と1の組み合わせで認識されています。ゲーデル数化とは、このように文字列に数字を対応させる事を指します。

チューリングの停止性問題

といった不完全性定理の後に発表されたのが、プログラム関連の書籍を読んでいるとたまに出現するチューリングの停止性問題。

停止性問題とは、ある機械に入力Xを入れたら、有限時間で停止するかという問題です。これをチューリングさんが、停止性問題を解く機械が存在しないという事を対角線論法で示しました。

これがちょっとわかりにくいので、嘘つきのパラドックスで説明します。

嘘つきのパラドックス

ということで、嘘つきのパラドックスに戻ってきてしまったのですが、それは以下のようなものです。

「クレタ人は嘘つきだ」とクレタ人が言った。

クレタ人自身が「クレタ人は嘘つき」と言及しているため、パラドックスが発生しているのですが、わかるでしょうか?
簡単に説明すると次のようになります。

・「クレタ人は嘘つきだ」が真実であれば、そのクレタ人も嘘つきです。とすると、そのクレタ人の「クレタ人は嘘つきだ」という発言も嘘になるので、そのクレタ人は正直者ということになります。

・「クレタ人は嘘つきだ」が嘘であれば、そのクレタ人は正直者ということです。とすると、そのクレタ人の「クレタ人は嘘つきだ」が真実になってしまうので、そのクレタ人は嘘つきということになります。

というパラドックスです。このようなパラドックスを自己言及のパラドックスと呼びます。ちなみに、この発言をしたクレタ人とされているのがエピメニデスというギリシャの伝説的な預言者です。

集合論におけるパラドックス

嘘つきのパラドックスはとてもわかりやすいのですが、より完全に近いパラドックスとして「この文は間違っている」、「集合論におけるパラドックス」などがあります。なかでも、個人的には集合論におけるパラドックスが好きでして、プログラマであればちょっとなじみがあって面白いと思います。

まず、全ての集合を2種類に分類します。ひとつは、自分自身を要素として含む集合Aで、もうひとつは自分自身を要素として含まない集合Bです。

「自分自身をその要素として含まない集合」の具体例をあげると、「丸いものの集合」や「赤いものの集合」のような、集合それ自体が丸いものではない、赤いものではない集合のことです。「自分自身をその要素として含む集合」とは、「不可視物体の集合」や「無生物の集合」といった、集合それ自体が自身の要素の条件としてあげる条件に合う集合のことです。

ここで、集合Aの集合を集合AXとした場合、集合AXも集合なので集合Aか集合Bに分類する必要があります。

集合AXが集合Aに分類できると仮定すると、集合AXは自分自身を要素に含みません。しかし、集合AXは集合Aの集合でもあるので、集合AXは集合Aに含まれる自分自身を要素にすることになり、矛盾となります。

集合AXが集合Bに分類できると仮定すると、集合AXは自分自身を要素に含みます。しかし、集合AXは集合Aしか含んでいなので、集合Aの条件から集合AXの要素となることはなく、矛盾となります。

以上から、集合AXを集合Aと仮定しても、集合Bと仮定しても矛盾が生じます。 これらのパラドックスは特に実用性があるわけでもないので、だからなんだという話ではあるのですが、クロスワードパズルの代わりにはなるかなと思います。

答え

クイズの答えですが、それは次の質問になります。

隣の門の門番は、その門が天国の門と地獄の門、どちらだと答えますか?

嘘と真実を相殺させているのですが、まずは隣の門番が嘘つきの場合を想定して話を進めてみましょう。

・隣の門番は嘘つきなので、「天国の門」だと答えれば、それは本当は「地獄の門」で、そうすると目の前の門番は正直者なので「地獄の門」だと答えます。

次に、隣の門番が正直者の場合。

・隣の門番は正直者なので、もし「天国の門」だと答えれば、それは本当に「天国の門」で、そうすると目の前の門番は嘘つきなので「地獄の門」だと答えます。

ということで、目の前の門番が地獄の門だと答えた方を通れば天国に行けるんです!

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波と粒子について

2009年8月26日 コメントの追加

光りは粒子であって、波でもあるという不思議な状態にあるのですが、それってどういうことなんでしょう?

物理学で時にはニュートンが粒子だと断言したり、その後の実験結果で波が定説になり、それをアインシュタインが再び粒子だと光電現象を発表してノーベル賞を取ったりと、時代によって光は粒子だったり波だったりしたそうです。
その後多くの実験によって、光は粒子であり、波であるという実験結果が得られるわけですが、なるほど、と納得したような気になっても、よくよく考えるといまいち納得できないんですよね。

光電現象

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アイシュタインは、金属に光を当てて、光が金属の中の電子を弾き飛ばすという光電現象を実証してみせました。この現象は、光を粒子と考えるのが自然です。

ただ、干渉の実験をすると、光は波の性質も持っていることがわかります。

干渉の実験

干渉の実験は、2つのスリットを用いて、光が干渉性を持っていることを実証します。2つのスリットの光がスクリーンに投影されるとき、両方の光が当たる中央部分が明るくなるというのは理解しやすいと思います。その光の間隔を小さくすると、スクリーンに縞模様が映し出されます。これが、光が波動であることを示す現象です。

どういうことかというと、水面に2つの小石を投げた状態を思い出してもらえればわかりやすいのですが、光の波長が干渉して強め合ったり、弱め合ったりして縞模様ができるということです。これは波に特徴的な性質です。

2重スリット実験

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光は粒子であり、波でもあるということが2つの実験で実証されているのですが、実はそのような性質は光だけではないんですね。光の代わりに電子を使っても、やっぱり干渉縞が見られるんです。

どのような実験かというと、2つのスリットに光を通す代わりに、1つの電子を飛ばします。発射された電子はスリットを通り写真乾板に当たって小さな丸い跡を残します。1つの電子だけでは縞模様ができるかどうかはわからないので、引き続き1つずつ電子を飛ばす作業を続けます。
2つのスリットを通った電子が無数の跡を残すと、次第に、多く電子が当たった箇所と、あまり当たらなかった箇所ができてきます。通常の世界では、たとえば電子ではなくボールが壁に当たっているのであれば、ボールの跡はスリットを拡大したような2つの線になるのですが、電子の場合は、縞模様になります。これは電子も波動性があることを示しています。

ここで干渉についておさらいしたいのですが、干渉とは、複数の波の重ね合わせによって新しい波形ができることです。先の実験では1つの電子を飛ばしただけなので、干渉がおこらないはずですが、電子はどこか1点に存在するのではなく、空間に確率的に存在しているので、2つのスリットによって確率的に存在する自分同士が影響し合い、干渉縞を作っていたのです。

この実験の際、どちらかのスリットで電子が通ったかを観測すると、観測したことにより電子は粒子として振る舞うようになり、干渉縞ができなくなります。

何から何まで不思議な話ですが、量子力学における波動力学では、すべての物質は波としての性質を併せ持つものとされているようです。
うーん、書いているうちにまた混乱してきたので、これで終わりにします(笑)。

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